2013年3月18日月曜日

春よ来い

日本から、春の便りをいただくと、まだまだ寒いこちらの天気が恨めしくなります。

今日なんて、これですよ。大雪。かなり湿っぽい牡丹雪でしたが・・・これは、家から教会のある市の中心へ行くときに渡るテムズ川。
今朝のアイラの部屋からの眺め。ある意味キレイですけど、いい加減、春が待ち遠しいです。


こんな天気でも、教会は人でいっぱいでした。セント・エブス教会の働きと合流しつつ行なっている私たちの邦人伝道の働き。先週は、イエス様を救い主として受け入れる人が与えられ、気持ち的にはポカポカ春の陽気でした。皆さん、お祈りありがとう。神様ありがとう!

2013年3月11日月曜日

カルタ

小さい時に大好きだったカルタ。母が読み札係で、父と姉と私で真剣勝負。私には勝ち目の全く無かったオセロとかと違って、いつも良い勝負だったのが、負けず嫌いの私には良かったのですね。何種類もあるカルタを、よくやりました。

和馬とアイラもカルタが大好き。日本語を覚えていて欲しい私にとっても大歓迎のブームです。大体和馬が勝つけれど、絵を完全に覚えているアイラも早いですよ。少し前まで、和馬が取った札もアイラが持っていたくて喧嘩になり、5歳と2歳では一緒は無理かな、と思っていたけれど、意外な解決策が。取った絵札は和馬が取ってもアイラが取ってもアイラがキープし、読み札を分けておくことで結果も残せるようにしたのです。全部取り終わると、自分が取った分の読み札を和馬は必死で数えます。フェアに勝ち負けが分かれば和馬は満足。逆に、絵札を手一杯に抱え込めればアイラは満足。一応、アイラの分の読み札を私が数えますが、アイラは枚数なんて実は気にしていません。いっぱい感があればそれでハッピーなのです。とにかく、二人とも納得のいくカルタの遊び方がわかって、私もハッピー☆
 
さらに、このカルタブームでもう一つ良いことがありました。

よく分からないけど子供ってトイレ関連の絵が好きですよね。。アイラと和馬の一番好きな絵札もこれ。小さい方はトイレでできても、大きい方はオムツでしていたアイラに、これは使えるかも、と思って「ほら、ノンタンもトイレでしているよ。」と声をかけたら俄然やる気になり、あれよあれよと、先週、完全にオムツが取れました。ノンタンさまさまですね!
 
 
 
 

母の日

今日はイギリスでは母の日。

義理の母にカードを送り、私も子供達からカードをもらいました。(日本の母は5月までお預け・・・)

母がいる、父がいる、という恵み。最近は虐待などのニュースも増えていますが、そのような親でさえ、子供は慕っていると聞きます。親は、子供にとってかけがえのない存在ですね。
最近、私と夫が、女性と男性ですごい違う存在なことをよく感じます。私たちは相互に補完関係にあり、子供にとっては両方の存在がどれほど大切か、と考えさせられていました。でも、ということは、何らかの理由で片親しかいない家庭では、親子双方に相当の苦労、淋しさなどがあるわけですよね。母の日や父の日が辛い人も沢山いると思います。今日は教会で、そのような人たちに、主なる神様からの真の慰めがあるように、また、私たちが愛の手を具体的に差し伸べられるように、と祈りました。祈りながら、こんな讃美歌を思い出しました。

『私のように小さな子でも、真心込めて、主を称えれば
主のみ心にかなうでしょうか?感謝します、感謝します、
感謝します、神さま。

小鳥の声や小さなもみじ、野菜果物 海で取るもの
二親 兄弟 友達などを、感謝します、感謝します、
感謝します、神さま。

なにものよりも、罪や過ち、お許しになる、イエスキリストを、
くださいました、父なる神に、感謝します、感謝します、
感謝します、神さま。』

二親があるということは、本当に感謝なことです。
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和馬から、水仙のちぎり絵のついたカードをもらいました。中には、去年の父の日のカードとは雲泥の差の文字でメッセージあり、セロテープで貼り付けたチョコレートあり、数えきれないくらいのキスマークありと、大サービスのカードでした。
アイラは通っているプレイグループ(保育園のようなもの)で手形のカードを作ってきました。後ろで真剣な顔をしているのは、夕食を作ってくれた夫。
夫プロデュースのローストビーフ。我が家は日曜日は仕事なので、昨夜、母の日ディナーを夫が作ってくれました。とっても美味しかった!

こんな私でも本当にスペシャルな母だと思ってくれている子供達に感謝。



 

2013年2月25日月曜日

プリムの祭り

昨日はユダヤ人のプリムの祭りの日でした。何て、あたかもプリムに詳しいみたいな書き方なんですが、先週「プリム」(しかも英語だったので「ピューリム」)と聞いた時には「それは何ぞや??」と思っていた私。まぁ、ユダヤ系の血を少々受け継いでいる教会の友人が、「ピューリムを祝うから今度の土曜日家族でおいで」と誘ってくれたので、文脈からなにかの祭りだとは察しましたが。

家に帰ってから「ピューリムに誘われたよ。でもそれって何?」と夫に尋ねると、「君は聖書を読むのかい?」とあきれられました、半ば冗談、半ば本気で!確かに、プリムの祭りについては、聖書のエステル記に書いてありました(少なくとも2回は過去に読んでるはずなんですが・・・)。一昨日すごく久しぶりにエステル記を開き、そのドラマに惹きつけられて一気に読みました。是非、エステル、読んでみてください。面白いです。

で、昨日その友人宅に家族で行ってきたわけですが、何をしたかと言うと、お茶(おやつ)の後に、エステル記の朗読タイムがありました。うちと一緒で小さい子供がいる家族なので、ちょっとずつ区切って。しかも、モルデカイというユダヤ人と、ハマンという悪者の名前がしょっちゅう出てくるのですが、「モルデカイ」と聞いたら「イエーイ!!」と言い、「ハマン」と聞いたら「ブー!!」と合いの手を入れながら聞くという、インターアクティブな朗読。もともと短い話だし、あきたところで遊びながらだったので、子供も楽しく過ごせました。そして、夕飯をご馳走になって帰ってきました。本当のバリバリのユダヤ人は、どのようにプリムを過ごすのか分かりませんが、またひとつ、聖書の書物を身近にしてくれた友人に感謝。
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朗読の前後にゲームで盛り上がる同い年の二人。
こちらも、女の子同士仲良く遊んでいました。何でも真似をしたがるアイラ。朗読しているつもりです。
 

2013年2月18日月曜日

好きな賛美

Jordan Kauflin(ジョーダン・コフリン)という人が書いた、「All I have is Christ」という賛美をセント・エブス教会で何度か歌っています。毎回、本当にそうだなぁ、と歌詞に心底共感してしまう、大好きな賛美です。その歌が聞けるサイトと共に紹介します:

歌詞と私訳
I once was lost in darkest night
Yet thought I knew the way
The sin that promised joy and life
Had led me to the grave
I had no hope that You would own
A rebel to Your will
And if You had not loved me first
I would refuse you still

私はかつて闇夜で迷子になっていた。
自分では道を分かっているつもりでいたが。
この世の喜びと人生を保証していると思っていた罪は
私を墓に導いていた。
あなた(主なる神)が私のような反逆者を、
ご自分のものとしようと思っておられるとは、夢にも思わず。
あなたが先に私を愛してくださったのでなかったなら、
私は今もあなたを拒んでいただろう。

But as I ran my hell-bound race
Indifferent to the cost
You looked upon my helpless state
And led me to the cross
And I beheld God's love displayed
You suffered in my place
You bore the wrath reserved for me
Now all I know is grace

しかし、何を犠牲にしているのかなんて全く無頓着に
私が地獄行きのレースを走っているとき、
あなたは私の無力な様をご覧になり、
十字架へと導いてくださった。
そこに示された神の愛に、私は目を見張った。
あなたが、私の代わりに苦しまれた。
あなたが、私の上に注がれるはずの神の怒りを耐え忍んだ。
今私に分かるのは恵みだけ。

Hallelujah! All I have is Christ
Hallelujah! Jesus is my life

ハレルヤ!私にはキリストあるのみ。
ハレルヤ!イエスこそ我が命。

Now, Lord, I would be Yours alone
And live so all might see
The strength to follow Your commands
Could never come from me
Oh Father, use my ransomed life
In any way You choose
And let my song forever be
My only boast is You

今、主よ、私はあなただけのものでありたい。
そして、あなたのみこころに沿って生きる力は、
私から出ているのではないと、全ての人が
分かるように生きて行きたい。
父よ、贖われた私の人生を、
あなたの望むままにお用いください。
そして、私の歌はいつまでも、
「あなただけが私の誇りです」という賛美でありますように。

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この賛美は以下のサイトから聞けます:
http://vimeo.com/5509718
何かのコンファレンスで歌われた時の映像です。
セント・エブス教会で賛美するときは、このコンファレンスのように、手を上げたり目をつぶったり、歌詞を繰り返したりせずに、1番、2番、サビ、3番、サビ(x 2)でサクッと歌います。
私は、そういう風に、変に他からの盛り上げ効果なしで賛美するのが好き。
歌詞のことばを噛みしめるだけで、十分感動します。変に色々やられると、私はかえって盛り下がる。まぁ、誰がどんな風に賛美をしていてもいいんですが。
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仲良し兄妹①


 

2013年2月11日月曜日

ミッション

オックスフォード大学にはカレッジがいくつもありますが、個々のカレッジ毎にも、カレッジ合同でも、日本のKGK(キリスト者学生会)のように、クリスチャンの会があります。カレッジ合同のクリスチャンの会は、オックスフォード・インター・カレッジ・クリスチャン・ユニオンと言い、ケンブリッジ大学の会とならんで、非常に活発で素晴らしい活動をしています。この会、略してOICCU(オイックユー)。(ちなみにケンブリッジ大学版は、CICCU(キックユー)です。)

先週は、OICCU主催の「ミッション」ウィークでした。毎年著名なスピーカーを招いて、昼と夜、毎日聖書の基本的なメッセージを未信者の視点を大切にして語る、特別伝道週間です。事前にオックスフォード大学の学部生全員にルカの福音書が配られており、大学構内、市内の宣伝もばっちり。私も月曜の昼と火曜の夜のトークを聴きに行きましたが、会場となった市の中心部にある教会には、昼には350人、夜には500人以上聴衆がいたそうです。運営がテキパキと非常に賢く、格好良くされていました。

学生全員に配られたルカの福音書も、こんなカッコ良いのです。手帳サイズで、中はメモもできるようになっていたり、ちょっと解説があったりと、とにかくスゴイ。
「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ人への手紙10章17節)と聖書にありますが、まさに、オックスフォードの学生には、聞く機会が毎年、全員に与えられているんですね。素晴らしい街だなぁ~と改めて思いました。
 
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土曜日、義妹家族と夫の誕生会をしました。柵の中にお菓子の動物が沢山いるという、農場に見立てたチーズケーキでした。
自分の携帯をローズに貸してあげるアイラ。意外と優しい。
離乳食をあげる手伝いもでき、赤ちゃん好きのアイラは大満足!
33歳おめでとう!
 
 
 
 

2013年2月4日月曜日

春の兆し

寒さが厳しい2月ですが、暦の上ではもう春。我が家の庭にも、ふと見てみたら小さな春が。
昨秋に植えたクロッカスが、この間の雪にも負けずにつぼみをつけていました。水仙もかなり背が伸びていたし、確実に春は近づいているんですね。
 
水野源三さんの「かくれている」という詩を思い出しました。
 
かくれている
 
緑も花もない冬の庭には
神の恵みはないだろうか
北風が吹き雪が降る冬の庭には
神の恵みはないだろうか
かくれているかくれている
雪の下に土の中に
神の豊かな恵みが
 
この間のホレイショ・スパフォード(1月25日の投稿参照)も、このような視点を持っていたのでしょうね。息子の病死、火災による財産の喪失、娘4人の事故死という吹雪が、わずか3年という短い期間に次々と彼を襲い、吹き荒れました。でも彼は、この厳しい冬のただ中にあっても、雪の下に、土の中にかくれている神の恵みを忘れない人だったのでしょう。私たちの目の前には春らしきものが何一つ見えない時にも、神様は愛の御手をもって働き続けていてくださっている。私たちはともすると、試練の時には遠くにいて何もしてくれない神を想い描き、試練を通り抜けて好転した状況の中に神の恵みを見出すのではないでしょうか。でも、そうではないのです。試練の中で、私たちの知らないところで、ずーっと働いていてくださる神がいる。前から後ろから私たちを取り囲み、私たちの上に手を置き、導き、私たちをとらえつづけてくださっている神がいるのです(詩篇139篇)。
 
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補助輪なしの自転車練習中。走り出す時と止まる時がまだ微妙です。
こちらも、真剣な顔でスクーターの練習中。